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鼓童ワン・アース・ツアー2011

皆様お変わりございませんか。
いつも、ご愛顧、ご支援ご鞭撻を賜り誠に有難うございます。
暑さ寒さも彼岸までと、本当に良くいったものです。
一気に秋が深まりましたね、過ごしやすくなりますが朝晩の冷え込みで体調を崩さないように、くれぐれもご自愛ください。

樫本師匠からのご縁で、鼓童ワン・アース・ツアー2011に行ってきました。
「鼓童」とは、佐渡島から太鼓を中心とした伝統的な音楽芸能に無限の可能性を見いだし、現代への再創造を試みる集団です。
人間にとって基本的なリズムである心臓の鼓動から音(おん)をとった名前で、大太鼓の響きが母親の胎内で聞いた最初の音をイメージ。そして「童(わらべ)」の文字には、子どものように何ものにもとらわれることなく無心に太鼓を叩いていきたいという願いが込められているのです。

ひたすら肉体を躍動させ、叩き、踊り、奏でる舞台は、身体と魂に響き渡りました。
大太鼓を叩いている様子は、超人的なもので鍛錬のたまもの大太鼓から、あの見事な音を出すには、どれぐらいのパワーが必要か、叩いた事のない人でも尋常ではない事が想像できます。

しかも、心臓より高い位置に手を上げて目にもとまらないスピードで撥(バチ)で太鼓をたたき続ける、一つひとつの動きに身体全霊、魂を込めて叩いている、「もういいよ、そこまでするのか」と心の底から声をかけたくなる位長時間叩き続けているその姿は、見ている人に言葉で表せない感動と勇気を与えてくれました。

入口に貼られていたポスターに「いのちもやして、たたけよ」と書かれていました。
太鼓をたたいている姿は、正に命燃やして叩いていると伝わってきて、知らぬ間に感動の涙が自然に出てきました。本当に素晴らしい舞台でした。

私たちも、人生の舞台に立っているわけで、たった一度の人生です。
生き方働き方が、自分に、そして見ている人に感動を与えれるよう成りたいと改めて決意いたしました。


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  1. 2011/09/24(土) 14:44:43|
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知覧に行ってきました。

知覧は、薩摩半島の南部中央に位置する山のなかの静かな町。
太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)、戦局の悪化に伴い沖縄戦における本土最南端の陸軍特攻基地となり、特攻隊と呼ばれた若者や少年たちの特攻機が250キロの爆弾を抱えて、飛び立っていった町です。隊員や、取りまいた人びとの、さまざまな思いがこめられている知覧に、数年前から訪問したいと思っていましたが、業界の勉強会の一環として訪問する事が出来ました。
知覧特攻平和会館には、陸軍四式戦闘機 疾風・陸軍三式戦闘機 飛燕・陸軍一式戦闘機 隼・海軍零式戦闘機が展示され、またTVでは出撃から、突入までのすさまじい映像が見る事が出来ます、特攻隊員を見送りつづけ若い特攻隊員から母のように慕われた鳥濱トメさんの証言も、映像で見れます。
特攻戦没者1036名(知覧からの出撃者は436名)の隊員の遺影が出撃戦死した月日順に掲示されており、その下には家族・知人に残した遺書・手紙・辞世・遺品・日の丸に書かれた寄せ書き等が展示されていました。
その日の丸に寄せ書きを書く姿を映した写真や、出撃前子犬と笑顔で明るく遊ぶ姿を映した写真、出撃20分前の腹ごしらえをしている写真、どの写真を見ても明るく、勇ましく、優しさを感じる写真ばかりで、涙が止めどなく出てきて感謝の念で心も体もはちきれそうでした。今この文章を書きながらも、涙が出ます。
特に、出撃命令を受けあと一日の命と知りながら子犬と笑顔で遊ぶ隊員たち5名の写真は有名で、今でいう高校2~3年生「ほがらか隊」この特攻隊員の、崇高な犠牲によって今日の日本がある事を忘れてはならないと心に誓いました。
遺書は、お母さんにあてたものが多く、そして家族や子供にあてたものが展示されていました。出撃直前に書かれた遺書は、言葉少なくあれこれ書けないと解説されてました、その様な状態に成るものだと・・。
特攻平和観音堂には1026柱の特攻隊員の霊が祀られています、参拝を済ました後、復元された三角兵舎を見学した。三角兵舎というのは、出撃を待つ特攻隊員が使っていた宿舎。地面を掘って、とても低く作られていた。敵の空襲を防ぐため、林の中に隠すように建てられたからこういう形になったそうだ。

その後、当時軍の指定食堂 富屋食堂と戦時中特攻隊の方々が訪ねていた離れ、富屋旅館の大広間で、今は亡き鳥濱トメさんの想いを受け継ぐ魂の表現の場所として使われておりその思いを、お孫さんが語り継がれておられるのでお話を拝聴しました。
まだ幼い17歳くらいの兵士たちは「おばちゃん」と呼んでトメさんを慕い、出撃前夜には「おばちゃん、明日、見送りにきて」と頼み、トメさんは見送りに行ったりもしていました。有名な話で「ホタル帰る」は、特攻前夜に20歳の誕生日を迎えた宮川軍曹の話です。宮川軍曹の誕生日を知ったトメさんは、 彼の親友の滝本軍曹を呼んで、心づくしの料理でお祝いをしてあげました。明日は二人とも飛び立つのです。宮川軍曹は何時までも故郷の話しをしていたそうです。帰る前に宮川軍曹は「明日の夜9時に二人でホタルになって帰ってくるから戸を開けておいてね」と頼んだのです。翌日は大雨で視界はゼロ。滝本軍曹だけは生還してきましたが、宮川軍曹は開聞岳の向こうへ飛び去ったままでした。
 その夜9時に、赤羽さんたちが入口を開けると1匹のホタルが入ってきたのです。「冨屋」に居合わせた隊員たちは皆で「同期の桜」を歌っていました。
特攻隊員たちは、もっともっと生きたかったでしょう。やりたいこともたくさんあったはずです。2度と戦争という悲劇を起こしてはなりません。
戦争はねぇ
あってはならないんですよ
あの子たちは、神様だった
だからねぇ とっても優しかったのよ
「早く日本が勝つように・・・
 今、僕たちが行かなければ・・・
 そうすればきっと
 平和な世の中が来ますから・・・
 だから、今、僕たちは行くのですよ

 僕達の残りの命は全部
 おばさんにあげるから
 僕達の分まで
 長生きしてくださいね・・・
 そして
 母に代って見送ってください・・・」と言い残して出撃していったと。

特攻について、世界ではさまざまに解釈されるのと同じく、日本人が現代の自爆攻撃を理解するのは難しいかもしれないが、崇高な精神を持ってこの国と愛する人を守る為に命をかけてくれた特攻隊員の精神を、我々は忘れてはならない。日本国民として、義務を果たし平和ボケにならないように、平和と命の尊さを改めて気づかされました。


  1. 2010/11/13(土) 13:42:02|
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勇気を出して、行動して良かった。

中條高徳氏 アサヒビール名誉顧問の講演に行った時の話

その日の前夜、ある会合に出席していた私は最近の自分の行動特性に気付いた、立食式のテーブルなのに自分が
他のテーブルを回らずに一定の場所にとどまっている。

数年前までは、積極的に交流を意識し精力的に動いていた。

ご縁の大切さ、人との出逢いの素晴らしさを知っているのに行っている事は消極的になっている。

その晩は、夢の中にもその反省が出てきて、熟睡できずにいた。

そこで、決意したこれからは、「積極的に動く」。

その時が来た、講演会場に早めに着いた為軽く食事を取るために喫茶ルームに入った。

片隅に、オーラが出ている高齢の紳士がいらっしゃった「もしかして、本日の講師である中條先生かも・・・」と考えながら目線を送ったその時、相手から私に声をかけられた。「おー!どこから来たのかね・・」たまたま、東京出張から直接会場に来たが住まいは大阪なので、どの様に応えようかとか、多分人違いをされているからどうしょうかと・・、
結局「今日は東京からきましたが、住まいは大阪です・・」答えたと同時に、関係者の方が表れて何となく人違いで会話があった事が伝わった様子。いくらか離れて、席に着いた。

軽食を取りながら、これも何かの縁、間違いなく中條先生だから挨拶と名刺交換を行いたい。

そんな思いだが、先生のテーブル周りは声のかけにくい状態である。

昨日決めたばかりなのにここであきらめてはならないと勇気を出して、挨拶に行く事にした。

以前にも、書いた事があるが私の自己紹介は夢も伝える事にしている。

「お話し中すみません、先程お声掛け頂いたものですが良ければ先生にご挨拶をしたくてよろしいでしょうか?」快諾いただき名刺交換、会社名、名前、どの様な業種なのか、そして最後は夢の話、
「自分の夢は日本一の感動企業を作る事です」中條先生から、「大きな夢だね~どうぞ、席についてください」と、同席させていただく事となった。
挨拶だけして立ち去る予定が、全く違った状況にワクワクしていた。

これを期に、周りにお座りの方も名刺交換がまだの事もあり、名刺交換が始まった。
いいきっかけを作った様だ。

私も、他の方と名刺交換。
何と、同業の素晴らしい経営者の方が3人もいらっしゃいました。

あっという間に時間が経過し、講演会場に移動。先生の講演を拝聴する事となった。
数々、心に響く事を享受して頂きましたが、特に歴史学者が研究して、民族が滅びる3つの要素でした。

1.理想 夢を、失った国

2.物の価値を全てと信じて、心の価値を見失った民族

3.自国の歴史を忘れた民族は、滅びる
マッカーサーは、国をつぶすには武器はいらない、歴史を抹消する事で国は滅びる。
それを知ってて日本に行った結果、まさしく現在の日本である。
戦争に勝利すれば、勝者が全てが正しくなる。

我々日本人は、改めて正しい、歴史を学び誇りある国家に生まれ変わらなければならない。志命をもって、この国を守ってきていただいた祖先に申し訳が立たない。

我々にはDNAとしい引き継がれているのだ。

祖先が守っていなければ、間違いなく白人の植民地政策により今の日本はなかったであろう。

今の時勢を嘆くより、開き直り、夢づくり、諦めないで行動する事。

お話の中で、意図的なのかは定かではないがこんな事を仰られた。

数々の教えの中で、つまらない人間は、縁を生かさない、柳生家の家訓がある。

小才は、縁に会って縁に気づかず。
中才は、縁に気づいて縁を生かさず。
大才は、袖振り合う縁をも生かす。
(才能の無い人間はチャンスに気づかない。中の才能の者はチャンスに気づいているが飛びつかない。とても才能のある人間は、袖が触れるほどの些細なチャンスも逃さない。大物になる人物はチャンスに敏感であるという事)

この言葉を聞いた私は、今日の勇気を出して行った自分が誇らしく、そしてご縁を頂いた方との縁を大切にしたいと改めて感じた次第でした。

※中條高徳 なかじょう・たかのり 昭和2年長野県生まれ。陸軍士官学校、旧制松本高等学校(現・信州大学)を経て、27年学習院大学卒業。同年アサヒビール入社。50年取締役。常務、専務を経て、63年副社長に就任。平成2年アサヒビール飲料会長。10年よりアサヒビール名誉顧問。著書に『立志の経営』『おじいちゃん 戦争のこと教えて』『おじいちゃん 日本のこと教えて』『おじいちゃんの「わが闘争」』(いずれも小社刊)など。


  1. 2010/10/26(火) 11:01:41|
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君が働く理由  (著者 福島正伸)

先日、福島正伸先生のメンターリングマネジメント研修を東京で開催してきました。
大反響でした。
来年は、大阪で開催したいと考えています。

わたしは、福島正伸さんが出版されている本はほとんど読んでいます。

最近の出版された本、「夢を叶える」は不可能を可能にする考え方の本でお勧めです。

昨年出版された本「理想の会社」は、これぞベルが目指している姿と感じるほどの内容でした。
また同年出版された「君が働く理由」が有ります。
つい最近、働く理由について若者と話す機会がありましたので、この話題を取り上げようと考えました。

目次を読むだけでも、凄いです。
下記、ご覧ください。

一.毎日仕事をしながら、感動して泣くことが私の目標です。
  あまり格好いい話ではないのですけれどもね。
  そういうふうに生きられたら、
  一番幸せではないかなと思っています。

二.1年間で、私は180人にお会いしました。
  人生というか、生き方というか、
  すべでがそこで決まったといってもいいのです。

三.やると決めて前向きに物事を考えるようにしたら、
  まわりの人の中傷や批判が
  アドバイスにしか聞こえなくなってしまったのです。
  やめないのですから、
  私に何を言おうがアドバイスでしかないのです。

四.やると決めたら、
  どうしたら実現できるかだけを考えればいいのです。
  それ以外のことを考えても、無意味です。

五.日本では、多くの人が他人と比較して
  幸せか不幸かを決めているのです。

六.自分の人生は自分でつくって、
  自分がどう考えるかでどんなときにも幸せになれるし、
  どんなことも可能になる。
  そういう考え方を、「自立型の姿勢」と呼んでいます。

七.私には夢がありませんでした。
  夢がなくて、
  何がしたいのかずっとわからなかったときに、
  夢を教えてくれた人がいたのです。

八.お父さんが、
  「今日も仕事が楽しかったな。
  明日、仕事にいけると思うと、興奮しちゃうな」
  と言うと、子どもさんは勉強し始めるのです。

九.仕事というのは、そこにどういう意味があるのか、
  何のためにやっているかということを忘れると、
  すごくつまらなくなってしまうのです。

十.何のために働くのか。何のために生きているのか。
  それを思い出す習慣をつける。それが大切です。


十一.朝起きて人を励ますと、自分が元気になります。
   朝会社に行ったら、まず元気のない人を探しましょう。
   そして、その人を励ますのです。

十二.大事なことは、自分に原因を探すということです。
   人のせいにするのは簡単ですが、
   人のせいにしていると、改善できないことが増えていくのです。

十三.あきらめることは、自分にしかできません。
   自分があきらめた瞬間が終わりです。
   あきらめない限り、人生には成功しかないのです。

十四.まず「相手のために何ができるか」から考えていく。
   そうすると、相手の関係がとてもよくなります。
   そうやって信頼関係が生まれるのです。

十五.家庭や職場でこそ、見本になりましょう。

十六.難病で苦しいであろう、その子が笑顔だったのです。
   「こんなにつらいのに、どうして笑顔でいられるの」
   と聞いたら
   お母さんのためだと教えてくれました。

十七.最初は就職に失敗しても、人生に成功する人が多いのです。

十八.何をしていいかわからない人は、何をしてもいいのです。

十九.自分らしく働けるか、
   働く場に自分の存在価値を感じられるか。
   その2つが、
   若者が心から望んで働くためのキーワードになります。

二十.世の中の価値観は、ドンドン変わります。
   ですから、大事な価値観というものは、
   自分の中になければならないのです。

二一.世の中がこうだといっていることと、
   本当に求められていることとは、違うところがあります。
   本当に望んでいることに焦点を当てると、
   世の中は、一気に動いていくのです。

二二.悩んだときはどうしたらいいかといったら、
   私は人に会うことだと思います。
   特に自分が目指している人に会うことです。

二三.働くということは、自分の存在証明だと私は思います。
   それは、他人との関係の中でできてくると思うのです。

二四.仕事については、能力より適性が優先し、
   適性よりも好き嫌いが優先すると思います。

二五.人を変えようとするよりも、
   そばで輝いて生きるほうが、いいのです。


どうですか、この目次を読むだけで数多くの「気付き」を得られると思います。
全ては自分が源泉です。
物事の受け止め方を変え、プラスし受信して行動に移せばいいのです。
そうすれば、出来る理由しかないのですね。
ぜひ、お勧めする一冊です。


  1. 2010/08/03(火) 18:04:21|
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メンターリングマネジメント

先日四国管財さん主催、福島正伸先生のメンターリング・マネジメント公開講座を社員と一緒に高知県で受講しました。
メンタリングのその神髄は、言わずしてやる気になってもらうことであり、教えずして人を育てることです。
最強のチームをつくる究極のリーダーシップのことですね。

当社の「ゴールドスタンダード」に書かれている“従業員との約束”自立型人材育成と全く同様の考えでした。
自立型の姿勢は、いかなる環境・条件においても、自らの能力と可能性を最大限に発揮して道を切り開こうとする姿勢を言います。
それは、私が行っている自己責任の考え方であり、自ら求める生き方あります。
大切な考え方や物事の捉え方も、共感し気づきもありました。
まとめてみますと

1.プラス受信が自立型人間に置いてもっとも大切な考え方で起きているすべての事に、プラスの受信をしているかです。すべての出来事は、前向きに考えればチャンスとなり後ろ向きに考えればピンチである。

2.問題が起きた事が問題ではなく、どう考えたかが、本当の問題である。

3.すべて起こりうる事は、自己責任(自分が源泉)として考え、自分自身が見本となっているか、相手に絶対の信頼を置き、本気で支援しているか、それをいかなる環境・条件においても、自らの能力と可能性を最大限に発揮して、道を切り開こうと楽しみながら出来ているかが大切。

4.リーダーとして、自分が見本になっているか、生き方そのものが従業員さんから、また家族から尊敬されるかがもっとも大切な部分です。
人は、尊敬されている人からは、殴られても、怒っても良い。
人間関係が、優先だからです。人は、誰から怒られたかが、意味がある。
誰と仕事をしたいか、その人が発した言葉を聞いてるからではなく、その人自身を見ている。
言葉を言う前に、自分の生き様を見せる事です。

5.出世とは、大きな困難に挑む そのかっこいい姿を部下に見せる事
いやだなぁし思ったら、成長しようとしていない
成長するには、すべてを「ありがたい」と思う事しかない、気づくことしかない。
成長のチャンスだから

最後に、最も強い企業とは、社会に貢献しうる明確な目標を持ち、その実現のために共感したメンバーが集まり、
ひとりひとりが自立し、相互に支援し合うことによって、無限の価値と感動を提供し続ける企業です。

すべて、共感でした。そして、私の大きな気づきは、イライラする事がある人は、他人をあてにするかだという事でした。自立型で、自己責任で考えていたつもりが知らぬ間に他人に依存することでイライラする部分が
でてきていることを知りました。また、成長できます、感謝です。

当社のミッション“和を大切にし、人も建物も元気にする”
私の夢、従事するみんなが幸せを実感でき社会に貢献する“日本一の感動企業になる”“人の幸せや夢の実現を支援するドリームマネージャーになる”です。
必ず出来ると確信しました。


  1. 2010/04/21(水) 08:28:48|
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